張心富(チャンシンフー)さん

本作品は最終的に、瓊林エリアに多くのロケ場所を頼った。何故ならば、街並みの色彩に統一感があったから。張心富さんも、この瓊林さんにお住まいだ。私が2022年の春先に彼女をお訪ねした目的は、小道具としてベッドを見せていただくためであり、既に夜7時近くだった。この日は温度の低さからではなく、海から吹く風を受けてかなり寒かった。同居するお孫さんは仕事中で不在のため、張心富さんは一人、客間のひんやりする長椅子で過ごしておられた。寒くないのかな…暖房器具は見当たらず、彼女は素足だった。
別の日、やはり瓊林の路上で、張心富さんをお見かけした。供養の日だったのだろう。彼女はご自宅の前に簡易テーブルを数台繋げて、卓上にご馳走と供物が所狭しと置かれていた。

2025年の再会は12月、撮影時である。我々は彼女に出演依頼をした。
恥ずかしがり屋の張心富さんは、お孫さんに説得されて撮影に来てくださった。少し歩行が不自由になられていたが、彼女のすこぶるお元気な姿に、現場の誰もが嬉しそうだった。閩南方言を話せない私は簡単なご挨拶ぐらいしかできなかったが、彼女は「私の孫は孝行者だ」と言いながら、辛抱強く出番を待ってくださった。

撮影は、他の出演者たちのセリフが日本語とマンダリンであり、張心富さんには自分の周囲で一体何が起こっているのか、よくわからなかったことだろう。事実、作品にはきょとんとした表情の彼女がそのまま収まっている。
「祖母は1920年生まれで96歳です。幼いころは童養媳として育ち、保守的な大家族のもとで、金門島の戦乱期に暮らしました。彼女は困難な日々に家族を守り、育ててくれた。僕の祖母は小柄で、愛らしい性格ですが、実は強靭な生命力と意志の強さを持っています」(蔡易洋)
