私にとっての金門島

閉ざされていた日々。
―かつて日が暮れると、月あかりでの生活しか許されなかったこの街で、私たちは月あかりを作りながら、今夜、ナイターの撮影をしている。なんとありがたいことだろうー。
  これは昨年の12月、私が金門島の撮影中に書き残したメモである。
というのも、世界第二次大戦が終わったというのにこの島は、その後も、新たな戦いの場として、人の往来も、生活そのものも制限された歳月を過ごしている。つまり金門島は、台湾本島とは明らかに異なる歴史を経ていたわけだ。

祈りの島 
 4年前に映画『妖怪、化物をひろう』の企画を立ち上げてから、私が周囲から幾度となく尋ねられたのは「あなたはなぜ、金門島で撮影をしたいの?」、である。
  それは池田暁さんから持ち込まれたストーリーに対して、私にはなぜかこの島しか頭に浮かばなかったから。ところが実はその時点で、私は一度も金門島に行ったことがなかったのだ。もはや理屈ではない。

さて金門島は、台湾島しか知らなかった私にとって、のっけから衝撃的な場所だった。私がそんな心境をなんとか言語化できるようになった時、既に2年の月日が経っていた。
−続く

本作プロデューサー、弊社代表の小坂です。どうぞ宜しくお願いします。

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